今年のブッカー賞ロングリスト発表が迫ってきた(ロンドン時間7月27日)。ぼくは体調その他、諸般の事情でしばらく読書そのものからほとんど遠ざかっていたので、いま久しぶりに現地ファンの入選作予想をチェックしたところ、きのう読了した Leone Ross の "Popisho"(2021)は7番人気。さっそくレビューを書いておこう。
[☆☆☆★] この世はおよそ愚劣きわまりない不条理で満ちあふれ、傲慢で暴利をむさぼる権力者が幅をきかせ、弱者を虐げている。けれども最後には民衆の力で正義が勝利をおさめ、純粋な愛で結ばれた平等な人びとの楽園が訪れる。本書はそんなユートピア願望にもとづくマジックリアリズム小説である。ただしこの願望、当初から歴然としているわけではない。なにしろ、長年にわたる奴隷制と内戦という愚劣なショー(ポピーショー)の末に成立した架空の島国ポピショーでは、だれもがなんらかの特殊な才能を有するため魔術が日常茶飯に行われ、ある日突然、成人女性の性器がいっせいに脱落するなど頻繁に珍事が発生。その奇妙きてれつ、摩訶不思議なショーはまことに絢爛豪華、呆れるほど豊かな想像力のたまもので、いわば「なんでもあり」の不条理な人生の象徴ともいえよう。しかしそれは一方、なにが起きても驚かなくなる意でもあり、はたして終始一貫、「魔術中毒」にかかりっぱなしかどうかは読者の好み次第。ともあれ不条理とは本来、あるべき条理がないという点で条理を内包している。この条理が上のユートピア願望へとつながるわけだが、これを圧殺するはずのポピショーの総督が24時間セックス禁止令を出すなどコミカルな人物で、それなりに楽しめる反面、独裁者たる迫力に欠ける点がもの足りない。彼に反旗をひるがえす側も単純素朴な正義感の持ち主でしかない。その政変と間接的にかかわりながら、料理の鉄人ザヴィアと昔の恋人や、総督の娘と婚約者のロマンスが進行するものの、これまた先の読めるメロドラマの域を出ない。盛りだくさんで鬼面ひとを驚かす設定だが、底に流れているものは通俗的な発想ばかり。これと物語的には「豊かな想像力」が共存するところに本書のユニークさがある。ザヴィアと総督の直接対決がもっと多ければ、ディストピアからユートピアへといたる過程に緊迫感が生まれたのではないか。