ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Tolstoy の “The Death of Ivan Ilyich & Other Stories” (1)

 Richard Pevear と Larissa Volokhonsky 夫妻の英訳によるトルストイの短編集、"The Death of Ivan Ilyich & Other Stories" をようやく読みおえた。いつものように、さっそくレビューを書いておこう。なお、こういう古典を現代の作品と同じように評価することにはかなり疑問も覚えたが、とりあえず点数をつけることにした。

The Death of Ivan Ilyich and Other STories (Vintage Classics)

The Death of Ivan Ilyich and Other STories (Vintage Classics)

  • 作者: Leo Tolstoy,Richard Pevear,Larissa Volokhonsky
  • 出版社/メーカー: Vintage
  • 発売日: 2010/10/05
  • メディア: ペーパーバック
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[☆☆☆☆★★] 月並みな感想だが、トルストイは偉大なるモラリストだったと思う。もとより聖人君子ではなく、おのが心中にひそむ巨大な悪と生涯闘いつづけた偉人という意味である。その激しい内なる闘い、道徳的煩悶の記録が本書にちりばめられている。それは現代人の感覚からすれば、驚きの連続でもある。Ivan Ilyich は、いまわの際まで人生いかに正しく生きるべきかと問いつづけ、"The Kreutzer Sonata" の Pozdnyshev は、生命なんぞ二の次三の次、禁欲を守るためには人類が滅亡してもかまわないと断言。"The Devil" の Evgeny は心の中の姦淫にもだえ苦しんだあげく破滅し、Sergius 神父は女への欲情に抗すべく、何と自分の指を切断する。彼らの煩悶は、いずれも心中のエゴイズムや道徳的欺瞞にすこぶる敏感な精神から生まれたものであり、その過敏さは過激なまでに厳しいモラリズム、そして猛烈な理想主義を意味している。これほどまでに徹底した理想主義を描いた小説は、世界の文学史上、数えるほどしかないだろう。一方、"The Forged Coupon" や "Alyosha the Pot" など軽妙な筆致の作品からは、そこで示された図式的とも思える人物像を通じてトルストイの理想が見えてくる。純粋な奉仕、自己犠牲、無私の精神である。それを実践すればするほど神の世界に近づくと感じたのが Sergius 神父であり、神父の最後にたどり着いた境地が「軽めの作品」のモチーフとも言えよう。ひるがえって、表題作をはじめ、人間の「内なる闘い、道徳的煩悶」を採りあげた作品のほうは、ストーリー性を度外視しているため決して読みやすくはない。が、何より「猛烈な理想主義」に圧倒される。その意味で文学的に深い名作である。ロシア語との対照はできないが、純粋に「英語で書かれた作品」として見ても、すぐれた英語ではないかと思われる。